· 

ひかりはあります

葛の葉に風や博士の漕ぐペダル 夏井いつき

 

NHKの番組「575でカガク」"反物質"(2020年9月20日放送)の冒頭でナビゲータの俳人・夏井いつき氏が詠んだ句である。研究所を訪ね、案内役の「博士」こと後田裕教授と自転車で広大なキャンパスを自転車で走る景を詠んでいる。ロケが8月なので道に沿って初秋の季語「葛の葉」が繁っている。

 

注目したのは「風や」という短いフレーズだ。助詞「や」は切れ字といい、直前の語を強調する。だから、「風」を大事に詠んだと見える。

これは、「博士」が自転車で走ると葛の葉が揺れる風とも読めるが、彼の心の爽やかさでもあろうし、世界の常識を変えるほどの新しい知の風でもあるだろう。

 

1000人を超える巨大チームの国際プロジェクトを率い、新知見をまとめるのに10年を要するスケールの大きなプロジェクトである。それでも、2020年は多難であったことだろうと思う。だが、きっとこの「博士」は淡々と、あるいは飄々と、そのときに自分が出来ることに取り組み続けたに違いない。まとまった成果を得るのに10年を要するのだ。数ヶ月ほど止まったところで、いくらでも考えることはあったに違いない。そのブレのない爽やかさも「風」になったことだろう。

 

番組中、職員食堂での投句の講評の場面で、「何を研究するにもまずは食べることから」と語る「博士」には、力みのない、しかし容易なことでは挫けないたくましさと、しなやかさを感じる。

 

この年、思い通りにならないことは多いが、いつまでも続くことはないと思う。慌てず騒がず、爽やかに、しなやかに、出来ることを探して取り組んで行くことが、その後に最も良い結果を生むと思っている。

 

ひかりよりうまれひかりにもどる秋 夏井いつき(同番組より)

 

by 太平楽太郎


混声合唱団ノイエ・カンマー・コール